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言志四録

聖賢の書といえど鵜呑みにせず

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江戸時代も後半、安永元年に生まれたとされる佐藤一斎という人物があります。

一般的には儒者として知られていますが、実学思想も色濃く、実際幕末を動かす原動力になった数多くの人物が、佐藤一斎の門下として学んでいます。

その弟子達。
ごく一部の名前をあげただけでも、山田方谷、佐久間象山、渡辺崋山、横井小楠などなど。

さらに、孫弟子まで加えれば、河井継之助や吉田松陰なども、その系譜上にあるといっても、おそらく大きくは間違っていないと思います。

さらに、佐藤一斎が著した「言志四録」には、感銘を受ける者どもも多く、かの西郷隆盛も非常に大切な書として常に自己研鑽の教科書としていたようです。
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人にはおだやかに接したい

チューリップ
人と人がコミュニケーションを取る方法は、いくつもありますが、何といっても言葉がその代表でありましょう。

私は、基本的に、人に接する際には、おだやかな言葉、語気を心がけるべきだと思っています。

例外的に、厳しい言葉、感情を込めた声が必要なときもあることでしょう。
しかし、それが通じるのは、余程お互いの人間関係が熟成していて、信頼しあっていればこそです。

そういう人間関係とは、うらやましいし、そんな間柄の友を持ちたいものですが、一般的にいえば、やはり言葉はやわらかいほうがいい。

江戸末期の儒者、佐藤一斎は、言志四録の中で、こう記しています。

「春風をもって人に接し、秋霜をもって自らつつしむ」

頭の回転がはやく、何でも自分で出来てしまうタイプの人は、ついつい同様の対処を他人に求めることがあり、思うように流れないと、語気が荒くなる。
気をつけたいところです。

まずは、人間同士の信頼関係を築く。

叱る、文句を言おうとする相手に愛情がまだ生まれていないならば、怒るべきではない。
ちょっと極端な例ですが、私はそう思っています。

言葉とは、使い方を間違えれば、人の心を刺す凶器となってしまいます。
よくよく気をつけたいところです。

善悪、明暗に気づくこと

萩の花
佐藤一斎が残した言志四録に、こんな一節があります。

「物を容るるは美徳なり。然れども亦明暗あり」

これは、こんな意味でしょうか。

人を受け入れるのは美徳である。
しかし、そこには良いものと悪いものがある。

善を容れるのは良いことだが、悪を容れることがあってはならない。

これが出来るようになるには、確固とした自我の確立が必要だし、人物を見る眼を養っておく必要があると言っていいでしょう。

誰が言った言葉か?
ではなく、そのこと自体が正しいのか?間違っているのか?
よくよく、自らが判断できなくてはいけない。

大切なことだと思います。

これが出来るようになれば、邪念も追い払うことができ、よろしくない誘いに乗ることもなくなることでしょう。

心したいところです。

人には穏やかに 自分には厳しく

ひまわり
「完璧主義者」という言葉がありますが、物事にはよれど、完璧であるという時点で、人間、何かが欠如していると思っています。
そう、完璧主義とは、時に周囲への強いプレッシャーを与える場合があるのです。

自らに厳しい人がいます。
それはおおいに結構。

ただ、気を付けなければいけないのは、自分に厳しい人は、他人に対しても自分が思ったとおりの結果を要求してしまいがちだということです。

誰しも、能力や経験に差があります。
個々、すべての人が違うのです。

自己の基準を他人に当てはめてしまっては、いき詰まるし、最悪の場合、人を潰してしまいかねません。

江戸時代、既にこう言っている人がいます。
「春風(しゅんぷう)をもって人に接し、秋霜(しゅうそう)をもって自らをつつしむ」

春の風のように、やわらかく人には接し、秋の霜のように自分を慎みなさい。

生きるための、働く上での自己基準をもって、他人にも押し付けない。
それぞれに合った課題の与え方を春風のようにおこなう。

特に、実務に有能だとされる人が陥りやすいこと。
今一度、我が身を見返して、「さて、自分はどうか?」と、静かに考えてみてください。

人から認められようとする心を捨てる

丘
人間は、自分を必要としてくれる場所、認めてくれる環境の中で過ごすことに幸せを感じます。
そういった所で、働いたり、学べることは素晴らしいことです。

さて、今日はあえて、別の視点から書いてみたいと思います。
「人から認められようとする心を捨てる」ということです。

誰しも、認められれば嬉しいし、次もがんばろう!と意欲を高めます。
しかし、このサイクルは永遠に続き、「誰かに認めてもらうために」という思考回路が出来上がってしまいます。
これは不幸です。

認められれば嬉しい。
ただし、それは淡々と受け入れ、過ぎれば忘れる。

そういった風に、物事に対処できるようになれば、批判を受けたときも、受け留める、あるいは流すことができることでしょう。

江戸時代後期を生きた人物に佐藤一斎という人がいます。
幕末の表舞台へ出てくる多くの若者に影響を与えた存在です。

一斎は、その著、「言志四録」の中で、こう書いています。
「凡そ事を作(な)すには、須らく天に事(つか)うるの心有るを要すべし、人に示すの念有るを要せず」

現代風に書き換えると、こんな感じでしょうか・・・・。
「何事をするにも、天に仕える心を持つことが大切だ。人に示そうとする気持ちがあってはいけない」

佐藤一斎の境地へ至るには、長い自己鍛錬の日々が必要でしょう。
しかし、こういった言葉をかみしめていくことで、他人からの評価など思案の外という自己が確立できるのではないでしょうか。

他人から認められようとする欲を捨てる。
こうすることで、人生も必ず大らかに見えてくるはずです。