教職員の人事・服務に関するご相談、企業でのメンタルヘルス研修 埼玉教育サポートセンター

組織

組織のトップとナンバー2 水魚の交わり

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組織と申しましても、その規模は様々で、一律にして語るには無理があるかもしれません。
その規模に応じて、所属する人々の役割も変化する。

ただ、ある程度以上の大きな組織になるにつれ、そのトップの座につく人物とナンバー2が果たす役割は、非常に大きなものになると、私は考えています。

ここに誰を据えるか?誰がつくか?で、組織は成長もすれば腐敗もする。
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パワハラに気づかない上司達

宮代町進修館
昨日は、ちょっとした仕事がありまして、宮代町役場と、そこに隣接する進修館へおじゃましてきました。

いずれも木を基調とした造りで、ぽかぽかした陽気とあいまって、のほほんとした気持ちになったものです。

ほっとする時間っていいですね。

さて、なぜに職場で人を傷つける事態が起こるのか?を私は真剣に考えてきたし、放置してはいけないことだと強く思っております。
いわゆるパワハラというものですね。
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「自分はこう考える」をもつ

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今の世の中には、溢れるほどの情報が転がっています。

大切なのは真偽を見極める眼をもつことであり、自分なりの見解、意見をもつことだと思います。

たとえば、新聞記事になったものやテレビニュースで専門家が語ったことを何の疑いもなく信じてしまうのは、ある意味ちょっと寂しい。

しっかりと自分の考えをもって真実を見極めたいものです。
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相手の肩書きで態度を変える人

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接する相手の肩書きによって態度を変える。
私は、そのことをもって全否定はしません。

たとえば、サラリーマンの世界ならば、上下関係があったりと、否応なくそうせざるを得ない状況があるのも現実だからです。

しかし、相手の肩書きを査定して、威張ったりする人ほど信用できないものはありませんね。

そういうタイプほど、自分の肩書きを武器にして、他の人々を貶める行動を起こしがち。
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減点主義から加点主義へ!

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この場で何度か取り上げた記憶があるのですが、今日は改めて、減点主義と加点主義について考えてみたいと思います。

一昔前の日本には、パイオニア精神があった。
未知なる世界への挑戦だと言ってもいいでしょう。

経済成長を遂げた中、成功を得た会社は、大企業と呼ばれる存在となる。
一方、民と共に、大きな組織としては官公庁、いわゆる役所がありますね。

私は、この大企業と役所ともに、いまや減点主義の巣窟だと考えています。
結果、いかに失敗をせずに勤め上げるか?が、至上命題となるのです。

これでは、ちっとも面白くない。
有為な人材だって輩出されなくなる。
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組織に依存しない生き方

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人は生まれたときから、好むと好まざるとにかかわらず、組織に属することになる。

たとえば、家族として、市町村民として、国民として・・・。

また、組織といえば、ある目的を果たすために設立された集合体でもあり、会社や役所などは、典型的な例でありましょう。

組織に属しているということは、勿論安心感もある。

ゆえに、「組織に属さない生き方」という表現は避けました。

人間は、自分自身、個としての存在があるものの、常に立場を抱え、「組織の名のもとに」という判断をくだすケースが、実は非常に多い。

・会社のためだ
・県のためだ、国のためだ

判断をくだす存在が勿論いるはずですが、形式的には、あくまで組織決定となる。

このことが、人間性を失わせてはいないか?

そう思い始めたのは、私自身、約30年間のサラリーマン生活を経て来たからです。

組織に属する人間は、それを維持するためには、非情な判断もくだす。

おそらく、自分個人の責任と名においてならば出来ない決断さえもする。

さらに、組織として決めたことならば、正義と誤解する。

私は、どんな組織に属していようと、良心という意味で、自分自身をしっかりと忘れずにいることが重要だ!と、思うようになりました。

組織に依存しない生き方。
そんな風にありたい。

そう考えると、勇気が溢れてくるから不思議です。

孤立を恐れないほどの自分。
そんな度量を持ちたいものです。

若者に思い切り活躍させる器量を

楠

チームとか組織というものは、ベテランと若手が調和し、それぞれの役割を十分に発揮できる環境が重要だと、私は思っております。

ベテランには、多くの経験に基づいた知恵があります。
ただ、時代は常に動いており、ダイナミックな変化に対応したり、事態を打破する必要があるときには、若者のパワーが必要。

エネルギーと表現してもいいかもしれません。

このとき、若者を存分に活躍させ、のびのびと飛翔できる環境を与えられるか?が、ベテランに課せられた使命。

それが出来る人物を器量人と呼ぶのでしょう。

若者は、存分に自分らしさを出せばいい。
そうさせてあげるのは、ベテランの役目。

もし、若者の発想を理解できず、ブレーキにしかなれないならば、そのときは身をひくべき。

社会の循環とは、そういうものではないでしょうか。

失敗が人を成長させる

茶屋
何か失敗をおかしたり、ちょっと不得意なことがあると、今の世の中、すぐにバッテンを付けてしまう傾向がありますね。

この場でも何度か書いてきましたが、特に大企業や役所の人事は、減点主義で、事なかれを尊ぶ傾向がある。

いくらがんばっても、一度の失敗が尾をひき、いつまでもそのことによって、要職には就けなくなる。

必然、人は失敗やミスをしないようにと、気を配るようになり、チャレンジ精神が失われていく。

失敗とは、チャレンジしたからこそ起こるもので、何もしないで動かないよりも、ずっと尊いことではないでしょうか。

何か、ひとつでも長けた部分があれば、その良さを存分に伸ばし、活用する。
そういうシステムが出来ない限り、優れた人材は、知られる前に消えていくことでしょう。

実に、嘆かわしい現状です。

それなりに何でもこなせる平均型の人物は、そつがない・・・とは言えますが、面白いことは出来ない。

今、時代を変えられるのは、失敗も経験し、痛い目にもあい、そこから這い上がる人材こそ!ではないでしょうか。

画一的、平均的、そつなく、失敗しないように・・・・。
こういう生き方をした人物が、要職を占める現代は、やはり何か大切なものに気づいていない。
そう、思わざるを得ません。

世の中を良い方向へ導くには、パワーが必要です。
事なかれ主義の人に、それを求めるだけ無駄でありましょう。

いまこそ、優れた点、よい部分を伸ばし、活用することを社会全体が考えるときではないでしょうか。

自分の価値観で人を責めない

黄色いチューリップ
価値観というものは、人それぞれ。
しっかりとしたものを持つことは大切ですが、それを絶対と思い込み、自分以外の人々にも押しつけるのは、いささか困りものです。

自分の基準、考えに一致しないからといって、単に人を責めるのはよくないし、せっかくの有能な種を腐らせてしまうことだってあります。

自分の価値観を他人にも求める人は、外からの意見に耳を貸さない傾向にあるのではないでしょうか。

人間、思うところ、信じるところはそれぞれ。
それを認めた上で、最大限の力を皆に発揮させるのが、リーダーというものではないでしょうか。

確固とした価値観を持っている人ほど、人を見る眼が厳しくなります。
そして・・・・求める。

自分のコピー・ロボットを作るくらい、職場の可能性を抹消するものはありません。
いろいろな人間がいていい。

それを上手く活用し、同じ目標へと進むとき、多種多様なタイプの人間が化学反応を起こし、素晴らしい成果もあげられるというもの。

自分に厳しく、人には春風のように接す。
このことを、よくよく心したいものです。

人間一人の能力には限りがある

夕暮れと桜
能力の高い人が、陥りやすいものは・・・・。
自分がやったほうが早いし正確だから、何でも自らの力に頼ってしまうこと。

ある程度の段階までは、それでも上手くいくかもしれません。
しかし、大きな仕事に直面したりすれば、限界という壁にぶつかることでしょう。

人間一人で、すべてを成し遂げることは不可能だし、そこには成長がない。
何より、後生へと繋ぐという重要な営みが欠けてしまいますね。

そこで必要となるのは、信頼できる補佐役を近くに置き、任せるべきところはまかせ、よい循環を構築することだと思うのです。

優れた補佐役を持つ人は強い。
ただし、補佐役を務める人が、「この人のためなら!」という気持ちになるような接し方が必須ですね。

形式的には、部下であったとしても、礼をもって接する。
そんな人物のところへは、優れた人材が、集まってくるに違いありません。

典型的な例が、三国志でお馴染みの劉備と諸葛孔明だと思います。
劉備は、孔明を配下へ迎えるにあたり、三顧の礼をもって誠を尽くし、軍師として敬ったといいます。

劉備の信頼があったればこそ、天才諸葛孔明は、英知の限りを尽くせた。

よく、大将の器という言葉を聞きますが、それは、人を包み込むような人間的魅力をもった人物を言うのではないでしょうか。