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評価流行の昨今だからあえて問いたい

評価流行の昨今だからあえて問いたい


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昨今は、仕事を進めるにあたり、評価制度を取り入れるところが増えてきました。
自己評価あり、第三者からの評価あり・・・・目標や実績の評価と。

これ自体を全否定する考えは、私にはありません。
しかし、ふと思うことがあるのです。
評価とは万能なのか?と。

やりっ放しを防ぐ効果あるいはしっかりと検証作業を行う効果は、たしかにあるかもしれません。
ただ、私が危惧するのは、評価というものが、必要以上に重用されることによって、人間が小さくなってしまうのではないか?ということです。

評価が存在すれば、余程の変わり者でない限り、よい評点を得たいと望むものでありましょう。

そのことが、人からどう見られているか?という発想回路を構築するきっかけになってはいないか?と、疑問に感じることがあるのです。

誰に評価されるのか?も重要ですね。
評価する側も、ある意味一箇の人間です。
万能であるはずもない。

幕末あたりを生きた人々の中には、天を相手にするとか、天に問う・・・ということを拠り所にした人物が存在しました。
人間からの評価ではなく、天に自分がどう映るか?が大切だと。

上司、同僚、部下、あるいは組織、権力。
悲しいかな人は、その顔色をうかがうようになる。

なかなかにして、せせこましくなった現代において、今こそ天を相手にし、自分を映す鑑としてはどうか?と思うのです。

天は、汚れなきは汚れなく映し、醜きは醜く映す。
時には、人を相手にするのではなく、もっと大きな何かに問うてみたいものです。

そうすることで、ちょっとやそっとの誹謗中傷でも、負けることもなくなることでしょう。

少なくともひとつ言えるのは、人の顔色ばかりうかがっていては、何事も成せないということ。
と、書いて、自らの肝に銘じている私です。

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