講演,研修の講師,カフェ・ミーティング 埼玉教育サポートセンター

大才は肩書きを邪魔にする

大才は肩書きを邪魔にする

501b2c8d0ae47787018e8f023cc44e02_l
世の中すべて!とは言いませんが、実際問題として、社会には「肩書き」というものが存在し、結構幅をきかせているものです。
でも、肩書きだけで生きていることほど、虚しいこともありません。

なぜなら、その肩書きを失ったとき、その人には寂しさ、虚しさしか残らないからです。
本物の人物ならば、たとえ肩書きなどなくとも、しっかりと生きてゆける。

1800年代半ばから1900年代中旬を生きた人物にバーナード・ショウ(アイルランド)という人物がいます。
文学者、脚本家、劇作家など、多様な才能をもった人物でしたが、彼が発した言葉が、今もなお明言として語り継がれています。

「中才は肩書きによって表れ、
大才は肩書きを邪魔にし、
小才は肩書きを汚す」

この言葉は、海軍大将としても有名な山本五十六も、よく守っていたそうです。

表現が適切か?は、分かりませんが、肩書きとは、ある意味、衣服のようなものだと思います。
その衣を脱いだとき、裸の人間として、どこまでの「本物」があるのか?はたまた「空虚」でしかないのか?

今の世の中で、いわゆる立派な肩書きをもっていらっしゃる方々は、よくよく気をつけ、身を慎むべきだと、私は思います。

源平が台頭してきた時代、源氏の中に鎮西八郎為朝という猛将がいました。
強弓の名手として、名を轟かせた源氏の武将です。

その為朝、「官位を授けよう」と、有り難い言葉を賜ったとき、こうこたえたという逸話が残っています。

「我は鎮西八郎にて可なり」

この潔さ。
今の世の中だからこそ、学ぶべきでありましょう。

人間、現役を退き、肩書きを返上すれば、ただの人です。
さて、どんな「ただの人」になるか?は、その人次第。

心したいものです。

このエントリーをはてなブックマークに追加

« »