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聖賢の書といえど鵜呑みにせず

聖賢の書といえど鵜呑みにせず


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江戸時代も後半、安永元年に生まれたとされる佐藤一斎という人物があります。

一般的には儒者として知られていますが、実学思想も色濃く、実際幕末を動かす原動力になった数多くの人物が、佐藤一斎の門下として学んでいます。

その弟子達。
ごく一部の名前をあげただけでも、山田方谷、佐久間象山、渡辺崋山、横井小楠などなど。

さらに、孫弟子まで加えれば、河井継之助や吉田松陰なども、その系譜上にあるといっても、おそらく大きくは間違っていないと思います。

さらに、佐藤一斎が著した「言志四録」には、感銘を受ける者どもも多く、かの西郷隆盛も非常に大切な書として常に自己研鑽の教科書としていたようです。

さて、そのように佐藤一斎は、人物の育成にいそしみ、その書も多く読まれ、若者達に影響を与えていったわけですが、「聖賢の書といえども自己の見識で読まなければならない」ということを言っています。

佐藤一斎が言う聖賢とは、たとえば孔子や孟子などの大儒のことだと思います。

どんなに素晴らしい人物が残した書でも、ただ鵜呑みにするのではなく、自らの心眼で、見識で読むべし。
考えもせずに、偉い人が言っていることだから正しいのだろう・・・という態度ではよろしくないということですね。

「公信力」という言葉がありますが、現代に生きる人々は、いわゆる世間的に認知されたところから発信される情報は、ついつい正しいと思いがちです。

しかし、本当にそれが正しいのか!?
と、自分自身の見識、胆識で読み解く必要があるのだと思います。

そのためにも、読書力というものは、日々の精進であり、真実と虚像を見抜くだけの力が必要なのではないでしょうか。

読書、大いにすべし。
ただ、そこに向き合う姿勢によっては、毒薬にもなることを承知しておきたいものです。

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