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欲望には際限がない 私憤と公憤

欲望には際限がない 私憤と公憤


大きな木とぶどう畑
こうありたい。
こうなりたい。
これがほしい。
あれもほしい。

人間の欲には、際限がありません。

ただし、「欲」といっても悪いことばかりではなく、「よし!やってみよう!」というエネルギーの源になることも確か。

しかし、この欲というやつは、何かを達成すれば、また次の欲求を生むという仕組みになっていて、決して終わることのないもの。
しかもそれが、ほとんどの場合、「誰かとの比較」において、自らの欲求を満足させるという終わることのないループになっています。

多くの人々が、気づかぬうちに繰り返しているのは、「私欲」を満足させるためのゲーム。
このゲームはエンドレス。
思えば、一度しかない人生を私欲のために生きるのは勿体ないものです。

一方、「公憤」という言葉があります。
自分のことは差し置いて、「〇〇のために何とかしたい!」という強い意志を抱き、発すること。

こちらは、「こうしたい」という目標が明確に見えていますから、事が済めば、邪念なく、歓びを味わえることでしょう。

改めて書きますが、欲はエネルギーになります。
しかし、そこには、私憤と公憤がある。

何億年と続いてきた歴史のほんの数行で、しかも身近にいる誰かと、自分を比較して生きることのつまらなさ。
これでは、いつになっても達成感は訪れません。

夜、眠りにつくとき、今日一日を振り返ってみてください。
・今日、自分は間違ったことをしなかったか?
・昨日の自分よりも少しは良く生きたか?

この一日、一日の自省、反芻が、心に安寧をもたらし、自分の幸せを実感することができることでしょう。

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